2018年の末、私は燃え尽きようとしていました。決定的な証拠(加害教諭の自白メール)を掴み、大手新聞に記事が載っても、社会という巨大な壁は微動だにしません。
「もう、自分の人生を生きよう」
そう自分に言い聞かせて迎えた、2019年の正月。私は一通の年賀状を書きました。宛先は、中学時代の学年主任。加害教諭と最も近い立場にいたはずの人物です。この小さな繋がりが、やがて巨大な嘘を暴く導火線となります。
1. コロナ禍の沈黙と、学年主任の「失言」
2020年。世界はパンデミックの混乱に包まれていました。私は「彼らが高齢である以上、今、連絡先を把握しておかなければ、真実は永遠に闇に葬られる」と考え、学年主任とメールで繋がり、慎重に距離を詰めました。
そして同年10月末、彼から信じられない事実が告げられました。 「私は今でも〇〇先生(加害教諭)と連絡を取っており、毎年遊びに行っている。先日も会ったし、今度は銚子に行く予定だ」

はらわたが煮えくり返る思いでした。加害教諭は、私の連絡も教育委員会の調査も「具合が悪い」と逃げ回っておきながら、裏では元同僚と行楽を楽しんでいたのです。

2. 「退職金返納」の期限と、暴かれた組織の嘘
そもそも、なぜ私が2017年という時期に教育委員会へ調査を依頼したのか。それには明確な理由がありました。当時の千葉県の条例では、「退職後5年以内であれば、在職中の不祥事によって退職金の返納を命じることができる」という規定があったのです。
(退職をした者の退職手当の返納)
第十五条 退職をした者に対し当該退職に係る一般の退職手当等の額が支払われた後において、次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者に対し、第十二条第一項に規定する事情のほか、当該退職をした者の生計の状況を勘案して、当該一般の退職手当等の額(当該退職をした者が当該一般の退職手当等の支給を受けていなければ第十条第三項、第六項又は第八項の規定による退職手当の支給を受けることができた者(次条及び第十七条において「失業手当受給可能者」という。)であつた場合には、これらの規定により算出される金額(次条及び第十七条において「失業者退職手当額」という。)を除く。)の全部又は一部の返納を命ずる処分を行うことができる。
三 当該退職手当管理機関が、当該退職をした者(定年前再任用短時間勤務職員に対する免職処分の対象となる職員を除く。)について、当該一般の退職手当等の額の算定の基礎となる職員としての引き続いた在職期間中に懲戒免職等処分を受けるべき行為をしたと認めたとき。
3 第一項第三号に該当するときにおける同項の規定による処分は、当該退職の日から五年以内に限り、行うことができる。
加害教諭は2016年3月に退職していました。私は、彼が手にした退職金を国庫へ返納させ、法的に社会的責任を取らせるために、残された「5年」というタイムリミットを背負って戦っていたのです。
しかし、私が依頼したマスコミの取材に対し、学年主任は驚くべき証言をしました。 「栗栖君の両親が訴えて、あの先生は当時『転勤』になったんだよ。その時に噂を聞いたんだ」
一見、私の味方をしているような言葉ですが、私は即座にその「致命的な矛盾」を見抜きました。私が調査を依頼したのは2017年。すでに彼は退職しています。退職した人間が「転勤」することなど、物理的にあり得ません。
学年主任は嘘をついていたのです。当時の学校組織が、あるいは彼自身が、数十年前から私の被害を知りながら隠蔽し、平然と退職金を手にさせて送り出していた。その疑念が確信に変わりました。
3. 「本人訴訟」という最後のカード
組織も、メディアも、元教師たちも、誰も私を助けてくれない。2021年の末、私はついに悟りました。
「他人に期待するのは、もうやめよう。自分の手で、法廷に引きずり出すしかない」
30年以上前の出来事です。通常なら「時効」の壁に阻まれます。しかし、私にはあの「メール」がありました。「修学旅行の忘れ物の下着を、なぜか7年間も持ち続けていた」という異常な事実。
「被害」そのものを問えば負ける。ならば「下着という物品の返還」という入り口から、その裏にある「加害の事実」を法廷で認定させる。私は自ら訴状を書く「本人訴訟」を決意しました。
2022年2月、世界がウクライナ情勢に揺れる中、私は千葉簡易裁判所へと向かいました。
あなたへ伝えたいこと
もしあなたが、信頼していた人や組織に裏切られ、孤独のどん底にいるなら、こう考えてみてください。 「他人に人生のハンドルを握らせてはいけない」
学年主任の嘘に気づいたとき、私は絶望する代わりに、冷静に「法」という武器を手に取りました。誰かが助けてくれるのを待つのをやめた瞬間、私は初めて自分の人生を自分で動かしているという感覚を得たのです。
知識は、あなたを裏切らない盾になります。 そして、執念は、どんな分厚い壁をも穿つ矛になります。
(第4回へ続く)




