被害者を守るには何が必要か:学校・職場における密室指導の見直しと記録の重要性

本日の日本経済新聞の社説に「性犯罪の被害者支える社会に」というものがありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD085YW0Y4A101C2000000/

日本経済新聞というのは非常にお堅い新聞です。

たしかに、性被害についての記事を掲載することはあるのですが、朝日新聞や読売新聞などと比べるとあまり多くないといった感じです。

その日本経済新聞の社説に「性犯罪の被害者支える社会に」という題名の表題があるのですから驚きです。

目次

日本経済新聞に掲載された社説の内容

この社説は、元大阪地検検事正の北川健太郎被告が2018年に部下の女性に対して準強制性交を行ったとして起訴されタ事件について述べたものです。

社説では、性犯罪の被害者が声を上げにくい現状を浮き彫りにし、偏見や人間関係への影響、社会的支障といった障害が、被害者が告発に踏み切れない要因となっていると指摘しています。

また、昨年の刑法改正により、強制性交罪の処罰要件が明確化され時効が延長されたものの、泣き寝入りする被害者は依然として多く、支援体制の拡充が急務とされています。

被害に遭った女性は会見で他の被害者に寄り添いたいと述べており、社会全体で被害者の声を受け止め、犯罪撲滅へ取り組む必要性を訴えているといった内容です。

性犯罪の被害者が声を上げられないことについて

被害者が声を上げられないという事はよく言われます。

これは、性犯罪だけでなく、会社内のセクハラやパワハラなどでもそうですよね。

性犯罪やセクハラ、パワハラなどの記事がヤフーに掲載されると、必ずと言っていいほど「あなたは相談する先を知っていますか」というアンケートが出てきます。

そして、アンケートでは半数以上の方は「いいえ」と答えています。

このヤフーのアンケートは1度しかクリックできないので、それなりに正確だと思います。

実は私は「性犯罪の被害者が声を上げられない」というケースとして、いくつかのケースがあると思っています。

一つ目は、「声を全く上げられず、問題を自分自身で抱え込んでしまったもの」や、「声を上げたのだけれど、記録などが残っておらずに、結果として声を上げていないことになっているもの」もあります。

他には「自分が被害に遭っていることすら気が付かなかった」というものもあると思います。

いわゆるグルーミングというものですかね。

「声を全く上げられず、問題を自分自身で抱え込んでしまったもの」について

このケースについて、完全になくすことは難しいですよね。

これは、性犯罪だけでなく、学校の部活内での体罰やいじめでもあると思います。

指導者から頻繁に暴力を振るわれ、顔にあざなどをつけているのに、親に「何かあったの?」と言われても「何もないよ」と答えた経験のある方は多いのではないでしょうか?

こういったケースを表に出すのは難しいですよね。

性被害であれば「他の人にばれたくない」と思ったりするでしょうし、体罰などを学校内で受けても「俺が言えばほかの部員に迷惑がかかる」と思ってしまうかもしれません。

周囲に相談に対応できる人間を増やすことの必要性について

誰かが手を差し伸べることが大事なのですが、どういう人間が手を差し伸べるかも大事です。

周囲にいる人間が、手を差し伸べるつもりでも、本人がその気でないときに「はっきりしなさいよ!」とか、「お前のためにやっているんだよ!」などというと、さらに言えなくなっていきます。

そう考えた場合、きちんとした対応のできる人間を(心理士などの資格を有する)増やすことも大事だと思います。

私は司法書士資格を有しているのですが、司法書士資格があれば「弁護士ほどでなくてもある程度法律に詳しい人」として見られます。

そうなると「これってどういうことなの?」と聞かれたりもしますよね。

昔から「生兵法はけがの元」と言いますが、自分は善意であっても、その人にとっては悪意にしか感じられない場合も多いです。

そうなると「二次被害」が発生することになります。

時間はかかるがやはり教育は必要だと思います

また、子供のころから性犯罪や学校内での体罰が許されないという事を教えることも必要です。

その際に、その行為が法律的にどのくらい問題なのかをしっかりと教えることも重要だと思います。

昔から学校には警察官などが来て「こういう問題があるので気を付けてください」とは言うのですが、定期的に法律について学んだりすることはありませんでした。

知識というものは学ばないと忘れていくんですよね。

私は子供の頃は成績が良かったですが、今公立高校の入試問題をいきなり解こうとするとわからないところもあります。

勉強し直せばすぐに解けると思うのですが、やはり忘れているのだと思います。

そういうことをなくすには、小学校、中学校、高校、大学としっかりと勉強させることだと思います。

私は時折アメリカの刑事ドラマを見るのですが、アメリカというのは日本とかなり感覚が違います。

成人した人間が、未成年者に手を出すとそれだけでアウトです。

「同意があったから」などと言っても、かなり厳しい目で見られます。

文化の違いはありますし、海外の考えを日本にすべて適用する必要もないのですが、いつも驚かされています。

「声を上げたのだけれど、記録などが残っておらずに、結果として声を上げていないことになっているもの」

私はこのパターンも意外に多いと思っています。

私自身中学時代職員室の中で被害を訴えたのですが、誰にも助けてもらえませんでした。

さらに、中学時代完全下校時刻過ぎて残されたことについては、ある教師は「熱心な指導だと思っていた」と答え、ある教師は「覚えていない」と答えたそうです。

私は彼らがその現場にいたのを覚えているのですが?

昔の事ばかり述べても「今の時代にどうするかが大事」と言われるので、現在どうすべきかを考えたいと思います。

長時間生徒を残して指導した場合は、記録を作成する必要があるのではないか?

私が「もしこうしていればよかったのでは」と思うのが、長時間の指導をする場合は、指導の記録を取ることです。

実はこれは私が中学生の時から当時の文部省が資料などに書いていました。

文部省(当時)に言わせると、記録を生徒に示して、「この部分はよくなっている」「この部分をもっと向上させる必要がある」という事で、生徒指導がより効果的になるといいます。

これは当たっていると思います。

昔とは違い、現在は録音を取るのも、パソコンで始動の記録をするのもそれほど時間がかかりません。

不動産取引などでは、売主と買主が売買契約を締結する場合、契約書を作成して売主買主双方に渡します。

教師が生徒を長時間残した場合は、これと同じことをすればいいのではないでしょうか?

保護者としても自分の子供が長時間残された場合、なぜ残されたのかを知る必要があります。

学校内の他の先生方も、もしその生徒が問題を抱えているのであれば、情報を皆で共有する必要があります。

企業も同じですよね。

問題社員を放置すると会社に損害が発生し、取り返しがつかなくなることになります。

最近は、捜査の可視化も訴えられ、刑事事件の取り調べも昔のように密室ではできなくなっていると聞きます。

学校などでも、指導内容を指導をした人物だけが保持することの内容に、記録を作成し、子供の保護者に渡すなどの工夫は必要ではないでしょうか?

「自分が被害に遭っていることすら気が付かなかった」場合について

これは難しいですよね。

いわゆる洗脳状態下において起きるものだと思います。

私が大学に入る少し前の事だと思いますが、当時オウム真理教の事件がありました。

オウム真理教の事件では、麻原に多くの信者が洗脳をされ、地下鉄サリン事件という恐ろしい事件を犯しました。

こういった洗脳はなかなか解けないです。

表面的には「ひどいことをした」と言っても、少し経つと「やっぱり間違っていない」と言い出したりもします。

性被害でも同じだと思います。

何をされたかわかっていても、「でもあの人は悪い人じゃない」という人は多いです。

第三者が見ていると「騙されているのわからないのかな?」と思うのですが、当事者は「あの人はそれほど悪い人じゃない」と信じています。

儲けるという感じは「信者」と書くとよく言われます。

他人をだまして儲けるには「信者」にすればいいとうそぶく人もいるくらいです。

性被害でも、宗教の問題でも「洗脳」されてしまった場合は面倒です。

そこから抜け出そうと思うと、相当なエネルギーが必要となります。

正直この場合は、本人が気が付くのを待つしかないのでは?と感じてしまいます。

答えになっていないですかね…。

密室を作らないことの必要性について

誰が空き教室を利用したかを把握するシステム

2年位前だったと思います。

学校内での空き教室が性加害などに用いられるという事が話題になっていました。

神奈川県では、空き教室のカギを電子キーボックスを試しに数校に設置することにしたといいます。

https://x.com/tvknews930/status/1847581838006767628

このことで、空き教室を使用したのが誰なのかを把握することができるという事です。

私はこの試みはいいと思います。

誰がいつ空き教室を利用したかを把握できれば、不審な行動を疑われている教師に対して「この時なんでこの教室を使用していたんだ」と問いただすことができるからです。

設置費用も10万から20万でそれほど高いとも言えません。

最近はテクノロジーが進化していて、こういったシステムも安く導入することができます。

国はこういうことにもっと予算を使うべきではないでしょうか?

一人で指導させない、誰かに見られる状態を作る

空き教室の管理をしっかりしても、他の教室で問題を起こされたらたまりません。

よく言われるのが「一対一での指導をしない」という事です。

これは各地の教育委員会も言っていると思います。

ただ、実際守られているかは別ですよね。

実は、私が中学生のころ、千葉県教育委員会は「学校行事の出来不出来に教師がこだわる指導はしてはならない」「教師が強圧的な指導をすると生徒が委縮するので、そのような指導はしてはいけない」と通達を出しています。

さらに、「5年以上同じ学校にいる教師は転勤させるように」という通知も出しています。

すべて私のいた中学では守られていませんでした。

教師の生徒に対する暴言など日常茶飯事でしたし、学校行事も生徒たちが自主的にやろうとすると、ある問題教師が出しゃばってきてその内容をめちゃくちゃにして暴れていました。

ちなみに、その問題教師が加害者です。

もし「嘘だ!」というのなら、私の中学時代の同級生に確認していただければわかります。

要するに、教育委員会が指示を出しても「誰が守るかよ!」といった教師がいるわけです。

こういったことの内容に、管理職をはじめとする教職員は一丸となって、物事に当たる必要があると思います。

また、私に危害を加えた加害教諭は「指導」と称して、いつも教室のドアを閉めて、部屋のカーテンも閉めて、外から見られないようにしていました。

なぜこれだけ奇妙な指導ができたのか不思議でしかないのですが…。

やはり、こういった状況だと問題が起きますよね。

授業中に日差しが強くてまぶしいといった場合などは別ですが、必要もないのにカーテンを閉める必要もないと思います。

また、話を聞かれたくないという理由で教室のドアを閉める教師もいますが、その場合は生徒を一度外に出せばいいだけだと思います。

それか「今話をしているから、少し離れていてもらえるかな」と廊下にいる生徒に言えばいいだけの事です。

他には、一人でなく副担任などに同席させるべきだと思います。

小学校時代の先生の話

時折思い出すのが、小学校3,4年の先生が生徒を残す場合「ちょっと今から先生が○○君と話をするからみんな外に出て」と言っていたことです。

そして、話が終わると「じゃあ教室に入っていいよ」と言われ、私たちは教室に入っていきました。

小学校5,6年の担任の先生も、何か記録をつけたり、生徒と話をするときは、前の席の生徒に「少し下がってもらっていい」と言って、周囲に内容がバレないようにしていました。

多分、小学校時代の先生は、おそらく多少の問題はあったのですが、まともな仕事をしていたのだと思います。

そして、この二人の先生の指導を思い出すと、密室を作っていなかったという事がわかります。

先生方がそれを意識していたのかは不明ですが、おそらく「密室での指導などあまり必要ない」と思っていたのだと思います。

あと、小学校の先生は、私を指導した場合は「こういう理由で指導しました」と親に報告していた気がします。

当時は「ウチに気を使っているのかな」と思っていたのですが、当たり前のことをしていただけなのだと思います。

生徒を長時間残すことの法律的な問題点について

長時間の拘束は監禁罪になる可能性も

司法書士と弁護士はその役割が違います。

刑事事件の弁護を司法書士がやることはないですし、司法書士は検察官のように誰かを起訴することはできません。

もっとも、司法書士試験の受験科目には刑法があり、私もそれなりに刑法には詳しいです。

監禁罪における監禁とは、「一定の場所からの脱出を困難にして,移動の自由を奪うこと」とされています。

部屋に閉じ込めるなどがその代表例ですが、部屋の中で限られた移動の自由が存在しても,そこから外に移動できない場合には,監禁罪の成立を肯定することができるとされています。

では、なぜ学校の先生は生徒を残して指導ができるのでしょうか?

答えは、刑法上の「正当行為」(法令行為)に該当するからです。

第35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない

学校教育法11条を見てください。

学校教育法第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。 但し、体罰を加えることはできない。

教職員には生徒の懲戒権があります。そのため、生徒を残して指導することが許されます。

もっとも、この指導には限度があり、体罰は禁止されています。

文部省(当時)学校教育長あての法務庁からの見解資料

教師が生徒を放課後残すことについては、昭和23年12月22日に、法務庁(当時)から、文部省(当時)学校教育局に宛てて、通知がされています。

その中で、文部省(当時)は、教師が児童を残すことは、肉体的苦痛を生じさせない場合でも、刑法の監禁罪の構成要件を充足すると述べています。

そして、合理的な限度を超えない場合であれば、正当な懲戒権の行使として刑法35条により違法性が阻却されるが、合理的な限度を超えれば、監禁罪の成立をまぬかれないと指摘します。

このことからすると、長時間(1時間以上)生徒を教室内にとどめておいた場合などは、自分の行為が違法性を阻却することを指導をした教師が立証する必要性が出てくる可能性があります。

その観点からも指導の記録を残す必要性を感じます。

まとめ

今回は学校内の話を中心にしたのですが、学校や会社内での性加害問題やパワハラセクハラを防ぐためには、やはり教育の必要性を感じます。

そして、それと同時に「密室を作らない体制づくり」の必要性も感じます。

ものすごく大げさなことをしなくても、できることはあると思います。

後になって「なんであの時」と思うくらいなら、ほんの小さなことからでも始めるべきではないでしょうか?

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