一方的な情報の拡散が生む「誤解」と「孤立」——少数の声が社会に与える影響について私自身の体験から考える

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■ 少数の声が、社会全体を動かす現象

兵庫県の斎藤元彦知事に関する内部告発をめぐって、県議会調査特別委員会(百条委員会)への批判が拡散した問題では、わずか13のSNSアカウントから発信された情報が、18万件以上ものリポストを生み出していたという分析結果が報じられました。

https://digital.asahi.com/articles/AST3F1VVNT3FPTIL00MM.html?iref=comtop_7_02

SNSは、多くの人々が意見を自由に発信できる場であると同時に、ごく限られた情報源が大きな波紋を生む危険性もはらんでいます。

批判が長期的に拡散される一方で、擁護する声はすぐにかき消されてしまったことが、今回の分析でも明らかになりました。


■ 私自身の経験から見た「一方的な情報」の怖さ

このニュースを読んだとき、私は中学時代のある出来事を思い出しました。

私は中学時代、担任で部活の顧問から性被害に遭いました。

当時の担任教師は、自分のしていることがバレるのを恐れ、私に対して、「あいつは問題児だ」「あんな悪いやつを見たことがない」「あんなわがままなやつは今までいなかった」と一方的に悪評を広めました。

その結果、周囲の生徒の中にはそれを真に受け、私を脅してくるような生徒も現れました。

実際には、私が問題を起こしたという明確な事実はほとんどありませんでした。

それどころか、当時私がいたクラスでは「ぶっ殺す」「死にてえのか」などと暴言を吐き、他の生徒を脅すというのは日常的でしたし、それどころか、女子生徒に対して日常的に胸やおしりを触っていた生徒もいたのです。

それにもかかわらず、いつも悪者扱いされるのは私でした。

当時を冷静に振り返ると、私に対して悪口を広めていたのは、担任の教師とその親しい数人の教師、そしてその教師のお気に入りの生徒たちといった、ごく少数の人物に過ぎませんでした。

数にして10数人ほどです。

しかし、その小さな声が学校全体に影響を及ぼし、私は孤立してしまいました。

こうした現象は、学校に限った話ではありません。

社会全体でも、一方的な情報が強く拡散されることで、事実がねじ曲げられ、誰かが一方的に悪者にされてしまうというケースは少なくないのです。

騒ぎ立てる人が多くなくても、少数の声が大きく拡散されることで、大きな影響を与えることがあるのです。


■ 声を上げることの難しさと、情報との向き合い方

「声を上げよう」とよく言われますが、それは実際にはとても難しいことです。

特に、相手が立場のある人物であったり、多数派の意見に逆らう形になる場合、そのプレッシャーは計り知れません。

一方的な情報の拡散は、個人の人生にも深刻な影響を与えることがあります。

そしてその危険性は、ネット社会になってから顕著になったわけではなく、以前から存在していたものです。

ただ、SNSの登場によって、そのスピードと影響力が大きくなったというだけなのです。

私たちは、すべての情報を疑ってかかる必要はありませんが、流れてくる情報が本当に正しいのか、一度立ち止まって考えることがとても大切だと思います。

■ 情報との向き合い方と、自分自身を守ることの大切さ

私は現在、ネットの情報にはあまり触れないようにしています。

YouTubeもスポーツの結果を見るために使う程度で、SNSもほとんど見ていません。

最近は忙しいということもありますが、ネットから距離を置くようになってから、精神的にとても穏やかに過ごせています(体力的にはきついですが…)。

ネットの情報の流れは、あまりにも早く、そして急激です。特に、心に傷を負っている方や、日々の生活に疲れている方にとっては、そのスピードと刺激が強すぎる場合があります。

そうしたときは、思い切ってネットの情報から一度自分自身を遮断し、静かな一人の時間を持つことも大切です。

自分の感情や思考を、ゆっくりと整理できる空間を確保することで、見えなかったものが見えてくることもあります。

ネットの世界にいると気づきにくいかもしれませんが、実際の社会では、多くの人が温厚で、親切です。

ネットだけが世界のすべてではないということを、どうか忘れないでいてください。

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